0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ
第一話
「この歌は、あまり好きじゃない」
今の今まで、ただ黙々とピアノを聴いていた彼女が、不意に口を開いた。
「…あんたが弾けって言ったんだろ」
わざわざ自分で耳コピしたという手書きの楽譜を持ってきて私に弾けと言った本人が言う感想にしては随分と御挨拶じゃないかと、振り返って睨みつけてみる。こちらに背を向け床に直座りする彼女の背中は、ピアノ椅子に座った私からはとても小さく見えた。
「…メロディはすごく好き。このアーティストさんは、インディーズの頃から好きだったし」
「それは知ってる、私もそのクチだし。じゃあ何が気に入らないんだ」
「……」
数秒の沈黙の後、彼女は一言、「歌詞が、」と呟いた。
「歌詞が、受け止められない」
たったそれだけの言葉に突っ込めるほど、私は人間が出来ていない気がするので、ただ「そうか」と返し、前に向き直る。
自分の傍からいなくなった人を想い、忘れられないと唄う歌。周りの学生がなにも考えずに歌っているこの感情は、本当はとても、とても重苦しいものなのだろう。
「…かえで」
「なん、 」
いつの間にか立ち上がっていた彼女に、急に唇を奪われる。…部屋に充満していた桃の香りが、より一層強くなった。
ああ、またいつもの流れだ。
啄むような接吻を繰り返した後、相手が口を開いたのを合図に舌を絡ませる。
放課後、特別棟の音楽準備室。2人きりの秘め事。
この関係は、いつ終わるのだろう。
最初のコメントを投稿しよう!