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手術室
「コッヘル」
執刀医は器具出しの看護師から鉗子を受け取ると、カチカチと組織を挟んでは、手際よく電気メスで切離する。胃の一部が切除されると、小弯に沿って開き、その中に腺がんによる硬い周堤に囲まれた潰瘍を確認し、切除した胃を看護師に手渡した。
ここは下町にある某総合病院第1手術室。執刀医は50才くらいの外科部長、5年目のやる気満々の若い外科医が助手を務める。
「いや、部長、お見事!」
下町育ちの助手はお調子もので、外科部長と手術することが楽しくてしょうがない。看護師がマスクの奥で苦笑している。
「なに、神の手を持つと呼ばれて久しい私のことだ、胃の部分切除くらいこんなものだよ。いてててて・・・」
外科部長は自分の腹を痛そうに抑える。帽子の額に脂汗が浸みている。外回りの看護師がガーゼで汗をぬぐう。
「あれ?部長どうしました?」
若い外科医が心配そうに執刀医を見る。
「ううむ、どうもさっきから腹具合が悪いのだ」
「さっきって?手術前はぜんぜん大丈夫だったじゃないですか。わらじのようなトンカツ定食食べてたし」
「そうだな、手術を始めてすぐからかな」
「やっぱり、手術前なのにわらじのようなカツ定食なんか食べるから。しかも研修医なみに大盛りで・・・」
「うるさいな。それなら、君はいったい何を食べたんだ?」
「エビとアボカドのホットサンドイッチ」
「女子か!」
「食が細いんですよ」
「いたたたたた・・・・」
「部長、ほんとに大丈夫すか?」
「まあ、あとは止血と縫合だけだから、君、やっといてくれ」
「あ、いいんですか?ありがとうございます。じゃあ、わたくしめが僭越ながら・・・」
手術が大好きな若い外科医は大喜びで電気メスを受け取る。
「あの、麻酔の先生、あとちょっとですのでよろしくお願いしま・・・あれ?」
ふと見ると麻酔医はこっくり居眠りをしている。
「あのう、麻酔の先生?麻酔かけるのは患者さんだけでいいんですよ、自分に麻酔かけなくてもね」
看護師は、いつものことですから、とマスクの奥でまた苦笑する。バイタルは安定している。何か問題があれば麻酔医を起こせばよい。
「まあ、いいからさっさと続けなさい」
「はいはい・・・」
助手の電気メスがじゅうじゅうと組織を焦がす。
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