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次の日、副将は家臣数名を連れ、馬で川を渡った。耶磨登との休戦のためだった。休戦と言えば聞こえはよいが、黒田側の降伏に等しかった。駿馬に跨り山城に向かう副将の横顔は、まるで姫君の如く色白で美しかった。家臣たちも平然と威厳を保ちながら粛々と進んだ。しかし、そのはらわたは憤怒で煮えくり返っていたのだった。
山城の本丸に通されると副将と家臣は太刀を置き、ひれ伏して耶磨登の殿様を待った。殿様が現れると、さらに頭を下げた。耶磨登の殿様は、格上の名だたる武将の息子である副将のふるまいに躊躇した。
「表を上げてくだされ。親書を拝見いたしたい」
「はは!」
副将は黒田官兵衛の親書を取り出し、殿様に手渡した。そこには、今後秀吉軍は耶磨登の自治を認めるとあった。いわゆる不可侵平和条約である。堺や博多などの例外を除き、天下統一を目前とした秀吉、官兵衛としては異例のことであった。もちろん官兵衛の計らいにより、サイコパス化が恐れられた秀吉には内密にされた。
親書を傍らの家臣に手渡したそのとき、副将はひらりと身を翻し、殿様の背後から体を組み抑えると、隠し持っていた脇差を抜き、刃を殿様の首に当てた。鋭い歯が殿様の首の皮膚を浅く傷つけた。副将の白い首からもすうっと血が一筋流れた。
「何を馬鹿な!わしを殺すことがどういうことになるのか、知っておろう!」
「もちろん、存じております。ごめん!」
副将は渾身の力を込めて殿様の首を横一文字に斬り裂いた。傷は頸動脈を切断し、大量の血が天井まで噴出した。斬り裂かれた気管から、しばらくぼこぼこと呼吸の音がしていたが、やがて静かになった。殿様の体が大きく前に崩れると、それに被さるように副将の血だらけの体も崩れ落ちた。
それを合図に、副将の家臣たちは太刀を取り、耶磨登の家来に斬りかかったのだった。
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