天正十四年、肥後熊本

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 前日の軍議で、総大将に呪いや祟りに策などないと言われたあと、副将とその家臣は酒を酌み交わした。 「本当に策はないのか?」 副将は声を上げて笑った。 「呪いや祟りなどのまやかしがあるのだから、何でもありではないか?」 「さすれば、殿?」 「おぬしらは戦でどこを刺しどこを斬る?」 「わしの槍は、首の根や心の臓など急所を一刺しで仕留めますぞ」 「わしの太刀はまず手足を斬り、動きを制する、それから首をかっきります」 副将は笑いながら言った。 「それでは、おぬしらも一刺しで死んでしまうわ」 「ほう、もっともじゃ」 副将はもう笑わなかった。 「よいか、まず腹の右を深くさす。肝の臓に斬り込むのだ。さすれば、腹の中は血だらけじゃが、体はまだ動くはずだ。手足は決して傷つけてはならぬ。おのれが動けなくなるからな。そして、次の敵を同じく刺す。もし敵がわしらより三倍の数がいれば、そうやってまず二人を仕留める」 「三人めは?」 「三人めはもう首を落とせばよかろう。おのれの介錯(かいしゃく)をできるなぞ、一興(いっきょう)よ」  親書を手渡すとき、家臣たちは素早く耶磨登の家来の数を数え、指を折り確認した。 「三人・・・か」 そして、副将が倒れると同時に、太刀を取り、敵二人の右わき腹を刺し、三人めの首を落とした。耶磨登本丸はさながら地獄絵図のように、おびただしい血と、副将の家臣全員の首、そして、それと同じ数の耶磨登の家来の首が転がっていた。  黒田の陣では、総大将が副将の帰りを待っていた。しかし、様子がおかしい。ひとりの家臣が進みでた。 「殿、若殿が夕刻まで戻らなければこれをお渡しするようにと・・・」 「何?」 それには、副将と家臣たちの命がけの策と、遺言が書かれていた。 「おぬしの命をかけるほどの戦ではないものを・・・」 副将にとっては戦の大きさや敵の強さが問題ではなかった。武士の誇り、それに命をかけたのだった。  すぐに、耶磨登から降伏の伝令があった。すでに殿様も重鎮もすべて本丸で屍となっていた。もはや、戦う理由がなかった。耶磨登の国は取り潰され、その子孫は九州から逃れ細々と生き延びたのだった。
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