何枚ですか?

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 夜の理髪店は、ただの理髪店じゃないらしい。  訊かれたことに答えると、本当にしてくれるらしい。  噂の続きは確か、こんな感じの内容だった。    自慢げに声を張り上げ、安い酒で顔を真っ赤にしながら威張っているあいつの顔が、ちらついてくる。  喫煙を注意した教師を殴って、重傷を負わせたこともあるなんて鼻息荒く言い放っていたけれど、果たして本当だろうか。  ネットを経由して、情報が拡散される世の中なのに、どこからも聞いたり、読んだことがない。  ちくしょう。  ひとりごちて、あいつの顔が頭の中で高笑いするようで耐えきれず、歩調を速める。    がしゃんがしゃんと、シャッターが北風に震えるように音をたてている。 商店街にたどり着いたのは、二十三時。   理髪店は、日付が変わる一時間前から店を開けて、客を待っているらしい。    見回しながら、さびれた商店街を歩く。  書店、鮮魚店、青果店とどれも、シャッターがぴったりとしめられていて、見上げたところにある、住居になっているらしき場所の窓も暗い。 誰かの足音も、息遣いもなにも聞こえてこない。店主たちは、その家族はとうに、ここを立ち去ったのだろうか。そのままにして、まるで夜逃げみたいに。  活気があったころを知らない僕は、想像できないまま、理髪店を探した。  もしや、路地の裏にあるのではないかしら。隙間をそっと覗き込んでも、ひんやりと、濃い闇に塗りつぶされて、なにも見えない。    やっぱり、噂でしかないのか。  ふう、と僕はやや落胆した、ため息を吐き出した。噂は所詮、噂じゃないか。誰かが何となく口にだして、広がって、尾ひれがついて、一人歩きして。
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