いち

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今日も彼は乗ってきた。 テスト最終日だった先週の金曜日は二つほど早い電車に乗っていたから、ホームへ入り減速した窓に彼のその見慣れたはずのマフラーを見つけた時は、これまで以上に胸が高鳴った。 金曜日は、もしかして彼もこの早い電車に乗って来てくれないだろうかと、もしも、ほんの少しだけでもわたしがいなかったことを彼が気にかけていてくれたら、こんなに幸せなことはないのにと、そんなことばかり考えていた。 彼はだいたい、ドアの横に背を預けてスマホを触っていることが多い。 熱心に何を見ているのか、彼はその小さい画面以外を見ていることがほとんどないので、わたしはちょっと残念に思いながらもいつもホッとする。 だって彼が画面の外に興味を持ったら、それだけで私の視線はきっと彼に知られてしまうから。 なのに、今日に限って彼は顔をあげた。ばっちりと視線が絡み合う。やってしまった。頬に熱がたまっていくのがわかる。 どうして今日に限って、可愛らしい白のマフラーをしてこなかったのか。どうして今日に限って、頭がボサボサの今日に限って。 わたしは咄嗟に、すと視線を下げてしまった。見ていたこと、バレたかもしれない。恐る恐るもう一度彼を見ると、すでに彼の視線はわたしのことなどまるで気にした様子もなく窓の外へと向けられていた。珍しく、手すりを握ってこちらに正面を向けている。その手にはスマホはない。わたしとの一瞬のやり取りが、彼にいつもと違うその体勢をとらせたのだとしたら。それはちょっと、素敵な想像だ。 緩む口元を堪えながら、彼を見つけたことで時を止めていた本のページを一つ戻った。
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