小説家さんと指輪

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 えっと、あれ?  駅に向かっている途中で、自分が向かっている方向に現れた人影がすごい勢いで走ってくるから無我夢中で逃げたのだけれど? 「あの、その、ごめんなさい。てっきり変質者かと」  息を整えながら彼の目の前まで近付くと、私が投げた財布が当たった顔を押さえていた大河さんが手を離してこちらに視線を向ける。 「だって、大河さん、よくあの距離で歩いてきたのが私だって分かりましたね。こんなに暗いのに」  こちらからは人が走ってきたことしか分からなかった。それなのに向こうからはよく見えたなんてことはないはずだ。  本当はそんなことよりも先に訊くべきことがあるはずなのに、まだ頭に酸素が回ってないせいで思ったことをそのまま口に出してしまう。  すると大河さんは言葉で答える代わりに自分のスマホを差し出してきた。  これを見ろという意味だろうか。  よく分からないままそれを受け取ると画面にはここを中心としたマップが表示されていて、自分たちが立っている場所に赤い点がついていた。 「フミさんに渡したキーピックのキーホルダー、失くしたくないものにつけるものなんだ。もし落としてもこうやって位置が分かるようになってるから」 「便利、ですね」  GPSだとか、そういうものを利用しているんだろうか。  そんな便利なものがあるなんて知らなかった私は素直に感心してから、じゃあ自分の位置を彼に常に把握されていたってことなのか?ということに気がつく。 「そんなものがあるなら、誘拐だなんて勘違いはしないんじゃないですか?」 「だって、こんなに遠くにいたらスマホに表示されない。フミさんは遠出なんて滅多にする人じゃないのに、近くにいないんだって分かったら心配になるよ」 「心配?」  そこでようやく息が整い、頭が働くようになってきて彼の言っていることがおかしいということに気がつく。
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