小説家さんと指輪

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「こっちから連絡しても全部無視していたのに、どうして今になって私の家に来たりしたんですか」  渡されたスマホを返しながらそう問いかけるが、それを受け取った彼は戸惑ったように視線を神社の鳥居のほうに向けてからこちらに戻す。 「だっ、て、だって、電話三回と、暇なときに連絡してっていうメール一通だけだったから」  だから、大した用じゃないと思った?だから無視してもいいと思った? 「私は、自分が能登菅文だということを隠していたこと、謝らないとと思って」  でも、そんなことは大河さんにとってどうでもいいことだった?  そうだよな。スカウトされて、長年の夢が叶ったんだ。誰だってそんなこと、どうだってよくなる。 「でも、たった三回って言うけど、その三回だって忙しいのに迷惑だと思われたらどうしようって、悩んで悩んでやっとかけた三回で」  本当は繋がるまで何度でも電話したかった。でも面倒臭い奴だとか、しつこい奴だと思われたらどうしよう。嫌われちゃうんじゃないか、もう嫌われているんじゃないかって不安で。 「だから、短くてもいいからちゃんと、」  返事が欲しい。その言葉の途中で口が動かなくなる。  私は、何を言っているんだろう。  大河さんのような素敵な人が短い間でも恋人になってくれたんだ。恋人にしてくれたんだ。ここは、ありがとうと言うところで。文句なんて言っていい訳がない。 「フミさん?」 「そうでした。菜奈村さんから聞きましたよ。デビュー決まったそうですね。おめでとうございます」  そう言って、地面に転がったままだった財布を拾って鞄に仕舞う。 「これからブルーの名前は今よりももっと有名になって、大河さんは会おうとしても会えないような存在になるんでしょうね。そうなる前に話せてよかったです」 「何で?」 「え?」  自分なりにちゃんと別れの言葉を伝えたのに返ってきたのは短い問いかけで、意味が分からず戸惑いの声を漏らすと服の裾をぎゅうと握られる。
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