小説家さんと指輪

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「この指輪選ぶのに時間かかったせいで来るの遅くなっちゃったけど、ちゃんと似合ってよかった」 「そうでした。これ」  いろいろなことが一気に起こったせいでそこまで気が回らなかったけれど、彼が指にはめてきた指輪はシンプルなデザインで宝石こそ使われていないものの高価なもののように見えた。 「やっぱり返品しましょう。こんな高いものいただけませんし」 「分かった」  再び指輪を外そうとしていると思っていたより物わかりのいい返事があって、それなら手伝って貰おうと思うがそれを頼む前に 「じゃあ指輪のお礼にフミさんの実家に連れていって」  とお願いされる。 「フミさんの部屋とか、そのままになってたりする?」 「それは、定期的に掃除もしてくれていたみたいだけど」 「じゃあ行こう」  そう言うと大河さんはうれしそうに私の手を掴み、迷うことなく私の実家のほうへと歩き始める。  菜奈村さんから聞いていたから彼が私の実家を知っていることに驚きは無いのだけれど。 「念のため、訊きますけど。変なことはしませんよね?」 「心配しなくても婚約者同士がすることなんて、ひとつしかないでしょ」 「ひとつしかってことは無いと思いますけど」  彼を変質者と勘違いして逃げていた際に家のほうに走ってしまったせいもあって、そう話している間にも実家の看板が見えてきてしまう。 「電気、消えてるね」 「お店の閉店時間は過ぎてるし、みんな明日も早いから寝ちゃったよ」 「そうなんだ」  大河さんの言葉に素直に答えるとその表情が一瞬変わったように見えたのは、きっと気のせいではなかったと思う。
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