小説家さんと指輪

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「寂しくなかった?」 「生きてる人間が怖いものだって知る前はお化けが怖かったんです。だから、夜中に庭を通ってお手洗いに行くときは怖かったですね。でも、死ぬのが怖かった訳じゃないんです。死ぬってことがどんなことなのかその頃は分かってなくて。怖いことをされるのが怖かったんです。変ですよね」  まるで全自動で動く機械のように口が動いて、大河さんに笑いかけるけれど彼は無言のままこちらを見つめる。 「フミさんは本当に能登先生なんだね」 「え?」  今、それを感じさせるようなことを言っただろうか。  どうしてそんなことを言われたのかが分からなくて彼の顔をじっと見つめるが目元が隠れているせいもあって、何を考えているのかがよく分からない。 「死ぬことがどんなことか分かってるのは死んだ人だけだよ。だからフミさんは今も死ぬってことがどんなことなのか分かっている訳じゃない」 「そんなこと、」  そんなことない。そんなこと分かってる。両方の言葉が頭に浮かんで口を開けたまま固まってしまい、結局どちらも口にすることなく開いたままの口を閉じる。 「どうしたんですか突然、そんなに怖いこと言わないでください」  動揺したことを誤魔化すように再び笑いかけるが大河さんはこちらの誘導に乗ってくれない。 「母さんは死んじゃったんだ。生きたいと思ってくれればまだ生きていられたのに。でも死んじゃった。母さんもね、自分のことが好きじゃなかったんだ。子どもを育てることが私ができる唯一価値があることだってずっと言ってた」  どうして今、大河さんは自分の母親の話をしているんだろう。そう疑問に思いながらその話を聞いていると彼の手が私の肩にのびてきて、そこを掴んだかと思ったらそのまま後ろに押し倒される。 「それまでずっと人を好きになろうとしてもダメだったのに、あの日公園でフミさんに出会って。母さんがフミさんと出会わせてくれたんだと思った」
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