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冷たかった机は私の体温でぬるくなっていた。
そこに手をついて、力なく立ち上がる。
ローファーに、靴下。素足が目に入る。
懐かしい制服のスカートのすそ。
あれ・・なんで制服着てるんだろ?
急に記憶から湧いてくる、風景。
冷たいデスク。クレームの電話。上司の怒鳴り声。電話の音。間違えた書類。
夜中のオフィス。乱暴に閉まるドア。鳴りやまない電話、電話、電話・・・!
ふらついた身体を、先生が支えてくれた。
あたたかい、手。
ふ、と目の焦点があった。
「・・先生!」
「思い出した?久しぶりね」
記憶よりずっとしわが増えて、白髪もあって、でも、変わらない、優しい、顔。
「先生!・・あの・・あの・・」
「ずいぶん疲れた顔ね、頑張ったのね」
「せんっ・・」
言うより先に、涙があふれた。
最近、泣くことすら全然できなかったのに。
堰を切って出た涙は止まらなかった。
「・・・っ」
「大丈夫よ・・大丈夫」
先生は羽織っていたジャージを、この年で似合いもしない制服を着て、小さい子どもよりも泣きじゃくってる肩にそっとかけてくれた。
「・・・っ、う」
色々言いたいけど、自分の嗚咽でうまく話せない。
先生はそっと肩に腕を回して、軽く抱き寄せて、言った。
「今は辛いだろうけどね。・・あなたの新しい道はちゃんと、この先にあるから」
ぎゅ、っと、その手に力が入るのが分かる。
「大丈夫、さ、行きましょう」
そう言って先生は、立ちすくんだ背中を押すように、教室の出口へと促した。
そうして、今日の朝のような、なんだかまたフワフワと輝いて見える世界。
そこに一歩、私は踏み出していった。
fin.
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