第一章

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第一章

 世の中は常に安定を求めていると誰かが言っていた。それは物質だけでなく、この世の現象全てであり、魔力もその源であるクレーテルも例外ではないと唱えた偏屈な人間がいた。  だがそれは誰かが証明した訳でなく、結局ただの机上の空論として笑われ、提唱した人間は誰にも相手にされずに生涯を終えたらしい。  だが黒と灰色の服で身を固めた男はそう思っていなかった。動きやすいように服は体に密着し、ただでさえ細い体がさらに細く見える。 「さて、今日最後の仕事を済ませてきますか」  男は口元を灰色の布で隠すと、街中の屋根を転々と飛びまわった。  男は人間の感情もその万物の法則に則っていると思っている。誰かに恨まれるということは、誰かに感謝されるということであり、その逆もあり得る。感情が大きいほど、逆に発生する感情もまた大きくなる。そしてその2つの感情を足せば真ん中、つまり安定する。  故に男は誰からの依頼も受けてきた。今日の依頼主が、明日の標的になることも1度や2度ではなかった。多くの人間から恨まれることもあったが、いつしか依頼する側はそれを分かった上で男に依頼してくる人種に絞られた。  依頼さえ果たせばあとは事もなし。  男は何でも屋を自称するが、周囲は彼のことを『盗賊』『情報屋』と勝手に呼んでいる。   『影撃』のギュード。それが男の名前であった。  その何でも屋が今は追われている。これも珍しい事ではないが、面倒なことには変わりない。  王女殿下の依頼を受けて、自分の家つまり王城から秘蔵の歴史書を盗み、それを指定された人物に手渡した途端に誰かから追いかけられている。初めは城の兵士かとも思ったが、厚着した兵士や騎士が同じように屋根を飛び跳ねられるわけがない。
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