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まだ冷たい風に乗って聞こえてきた歌声に葛城はふと足を止めた。
繊細なギターと男性にしては少し高い甘い声に惹き付けられる。
上司である課長のお気に入りのバーが近くにあるのでここの通りには何度か足を運んでいたが、あの歌声に気づいたのは初めてだ。
「たまには一杯やろう」
休日にも関わらず上司からの呼び出しがあったのは30分前。
まあ、あの人は気にしないだろう。
マスターと話しながら機嫌良くカウンターに座る上司の姿が目に浮かぶ。
口元を緩めると、葛城は曲がるはずだった道を通りすぎ、ギターを弾きながら歌う青年の前に歩を進めた。
若いな。見た目なら高校生でも通じるがたぶん大学生だろう。
近くに大学があることを思い出し、勝手に納得する。
サビに入ったのだろうか、切ないくらい澄んだファルセットを聴いていると、葛城は心の奥にある大切な何かが揺さぶられるような気がして息を飲んだ。
気持ちを落ち着けるために青年から目を離し、周りを見回す。
青年しか見ていなかったので気づかなかったが、葛城の他にも数人が青年を囲んで歌に聞き惚れていた。
中には涙を流している人もいる。
やはりこの青年の歌は、人の心に訴えかける何かを持っているんだ。
自分だけじゃい事に少し悲しみを覚えながら、葛城はもう一度青年に視線を戻した。
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