p《ピアノ》

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町中で演奏するのは注目されたい願望の表れだと思っていたが、この青年は違うようだ。終始目を伏せていて、誰とも目を合わせようとしない。 何のために歌っているんだろう。 注目されるのは気持ちがいいものだ。昔一度だけ大勢の観客の前で演奏したことがあり、その時の高揚感は7年経った今でも忘れることができない。 演奏が終わった時の歓声と拍手。あるはずのないアンコールを求める声にちょっと困りながらも応えた時の喜び。 後ろ髪を引かれながら舞台袖にはけた時に抱きついてきたのは誰だったか……。 イチ。 あの小さかった子はどうしているだろう。今でもピアノを続けているのだろうか。キーボードじゃなく、きちんとしたピアノを聞いてみたかったな。 葛城はため息を1つつくと、演奏に意識を戻し先程とは違う明るいメロディーに耳を傾けた。 あれ、このギター。 普段なら真っ先にギターに注目するはずなのに、今日はどうかしている。 下手ならともかく、このギターは悪くない。いや、悪くないなんてもんじゃなく相当上手い。 これほどまでに弾きこなすには、すごく練習したにちがいない。 悔しいな。 ポケットの中で握りしめた手に爪が食い込んだ。
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