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切ないメロディーが聞こえてきたと同時に、頭に冷たい物が当たった。
雨……。
認識した途端、葛城は走り出す。
いつもの果物屋の前には、自分が濡れるのも構わずにギターをケースにしまっている一珂がいた。
ギターを守るのは分かるが、あのままじゃ一珂が濡れてしまう。
背広を脱いだ葛城は、それを一珂の頭にふわりと被せると、雨から守るように肩を抱いた。
途端にびくりと一珂の体が跳ねる。
「すまない、びっくりさせたな」
少し屈んで目を合わせると、一珂の体から力が抜けた。
何度か演奏を聞いているからか、葛城は一珂に認識されていたようだ。
「このままじゃ濡れるから避難しよう。いい?」
何か言いたげに口を開いた一珂だが、結局は何も言わずにこくりと頷いた。
「行くよ」
大事そうにギターを抱える一珂の背中をすっぽりと包むように抱き締めながら歩く。
「もう少しだから。ほら、あそこ」
見慣れたバーの扉を開き中に入ると、「いらっしゃい」と温かい声に迎えられる。
「雨、降ってきたんだね」
マスターの言葉で初めて葛城は自分が濡れていることに気づいた。
「こんな格好ですみません」
「構わないよ。どうぞ」
マスターはカウンター席を示すと、すっと奥に引っ込んだ。
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