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小学校から帰って来るなり、一珂が泣き出した。
「どうしたの?」
「お母さん、僕、こんな名前嫌だ。僕も兄ちゃんみたいにカッコいい名前が良かった」
普段あまり感情をあらわにしない一珂がこんな風に泣くのは初めてで、一輝も母親もおろおろしてしまう。
「学校で何かあったのかしら?お兄ちゃん知ってる?」
「さあ、でも……」
おおかた誰かに名前をからかわれたりしたのだろう。
一輝は、大切な弟をこんな風に泣かせた誰かに腹がたって仕方がなかった。必ず犯人を捕まえて謝らせてやると心に誓い、気持ちを落ち着かせ一珂に話しかけた。
「一珂」
けれど、一珂はイヤイヤをするように首を振るだけで返事をしない。
「なあに」と可愛く答えてくれる一珂を返せ。一輝は心の中で犯人を激しく罵倒した。
「いち………か。あの……さ、そんなに名前が嫌い?」
うつ向いたまま、一珂がコクンと頷く。
「そっか。じゃあさ、これからはイチって呼ぶよ。イチならいい?」
「イ……チ?」
「そう。イチ。俺も母さんもみんなこれからはイチって呼ぶから、だから泣くな。母さんもいいよね?」
「………分かったわ」
一珂は小さな声で『イチ』と何度か繰り返すと、「うんイチでいい。これなら女の子って言われないよね」と笑った。
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