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桜の並木道を歩いていると携帯の着信音が鳴った。
道の端で立ち止まりメッセージを読むと、予想通り葛城からだった。
『今日はバイト?』
やっぱり短いな。
相変わらずシンプルだが、彼らしいメッセージに一珂の口元がほころぶ。
葛城が泊まった日に絡先を教えあったが、二人共あまり熱心に連絡を取り合うタイプじゃないので、正直本当にメッセージが来るとは思っていなかった。
けれど駅まで葛城を送った後すぐ、予想に反して彼からメッセージが届いた。
『イチ、これからよろしくな』
電車の中で書いてくれたのだろう。気持ちのこもった葛城からのメッセージを受け取った瞬間、外なのに嬉しくて泣きそうになった。
『よろしくお願いします』
なんとか返事だけ返して家まで走った事をきっと一生忘れないだろう。
それから何回かメッセージのやり取りをしているが、葛城の言葉はどれも一珂にとって大切な宝物だ。
葛城さんに会いたいな。
だんだん欲張りになる気持ちを押さえながら一珂は返事を打った。
『はい、今から行きます』
『頑張れよ』
『ありがとうございます。葛城さんも頑張って下さいね』
まだまだ固いやり取りだが、それもまた嬉しい。
幸せな気持ちで携帯をポケットに入れ歩きだすと、後ろから誰かに名前を呼ばれた。
真山?
振り返るとさっき別れたはずの真山が後ろに立っていた。少し息が乱れているので、走ってきたのだろう。
「あれ、バイトは?」
真山は週に3日塾で講師のアルバイトをしている。月曜日の今日はバイトのはずじゃ……。
「担当している生徒が病気で急遽休みになった」
「………そうなんだ」
「なんか嫌そうだな。俺、お前に何かした?」
「そうじゃなくて……」
隠し事をしているせいで態度が変になり、真山を傷つけてしまった。
入学式からずっと真山といるが、こんな悲しそうな真山を見たのは初めてだ。
「ごめん」
「何で謝るんだ?」
「だって、真山を傷つけたから」
「一珂は大袈裟だな。傷ついてなんかいないよ。ただ……」
真山はその続きを話してはくれなかった。
黙ったまま並んで歩いていると、果物屋の看板が見えてきた。
「なあ、俺も手伝っていい?」
「………うん」
これ以上真山の悲しそうな顔を見たくなくて、一珂は小さく頷いた。
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