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大学近くに借りているアパートに戻ってきた一珂は洗濯物を取り込んでたたむと、昨夜の残りのカレーを温めて食べた。
辺りがだんだん暗くなってくると、厚着をしてギターを持って部屋を出る。
金曜日は大抵こんな感じだ。
「寒っ」
冷たい風に身をすくめながら、一珂は駅前から少し離れた所に立つ果物屋の前まで歩いた。
一珂には、ずっと忘れられない音があった。
一珂がまだ中学生の時、兄にどうしてもと頼まれて高校の文化祭に出た。初めてのキーボードだったが、ピアノをずっと続けていたので何とか楽譜通りに弾くことは出来た。技術的に言えば到底納得いく演奏ではなかったが、とにかく楽しかった。楽器を弾くことがあんなに楽しいと思ったのは生まれて初めての事だった。
受験で大変な時期に突然バンドがやりたいと言い出した一輝に賛同してくれたのは、仲が良かった充と卓也だけだったらしい。充は美容の専門学校に、卓也は水泳で大学に進学が決まっていたのも大きかったのだろう。
「葛城さんは?」と聞いたら、「いつの間にか?」と一輝は何故か曖昧に応えてそれ以上は教えてくれなかった。
部活を引退してから文化祭までの寄せ集めバンド。ボーカルが初めての一輝に、父親からベースを習ったという充。水泳バカでドラムもたたける卓也、無口だがギターが上手い葛城、キーボードが初めての一珂。
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