p《ピアノ》

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そんな寄せ集めバンドの中で葛城のギターは別格だった。練習中もすごいと思っていたが本番は全く違い、聞いた瞬間体ごと鷲掴みにされたようなあの感覚は今でも忘れられない。憧れと怖さとが入り交じって、苦しいほどだった。 葛城さんに会って、もう一度ギターを聞かせてほしい。それと。 一珂にはもう一つ葛城に会いたい理由があった。 本番前頭に乗せられた手はギターを弾いているのとは全然違う優しいもので、かけられ声は一輝達と話しているときには聞いたことがないほど甘いものだった。 あれは……。 他のメンバーとは一輝を通じてたまに会ったりしているが、葛城とはあれ以来だ。 葛城を思い出す度に胸の辺りがモヤモヤして落ち着かなくなる。そのモヤモヤの正体が知りたくて一珂は高校からギターを始め、大学で誰も知らないこの町に来てから夜の町で歌うようになった。 「おじさん、お借りしますね」 一珂は、感謝を込めて果物屋のシャッターに向かってお辞儀をした。 2年前、歌うことを決心して駅前まで来たもののどこで歌えばいいかわからずうろうろしていた一珂に声をかけてくれたのが果物屋のおじさんだった。 「俺の息子も数年前までギター持って歌ってたよ。下手だったけど一生懸命で、息子の歌を聞くのが楽しみだったんだ。今は普通のサラリーマンしてるけどな。だから、店が閉まった後ならここで歌いな。夜10時には止めるのと、あまり騒がないのが条件だが」 ここはおじさんのお祖父さんが開いた店で、昔は店の2階に住んでいたけれど家族が増えて狭くなったので、おじさん一家は近くに住んでいるそうだ。 「ありがとうございます」 人の優しさが心に染みて、泣きそうになった。 ギターを取り出し、ゆっくりと歌い出す。 葛城の音には全く近づけないが、一珂はもう少しで何かが掴めるような気がしていた。
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