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「どうだった?」
音が止まっても、全く動かない一珂に葛城が問いかける。
「凄かった……です」
答えはしたものの、心ここに有らずという感じだ。
「良かった。一生懸命練習したかいがあったよ」
葛城が嬉しそうに笑うと、一珂が首を傾げた。
「練習?」
「そうだよ。イチに恥ずかしい音なんて聞かせられないからな」
「そんな……。葛城さんはいつだって……」
「いや、さすがに1年以上弾いてないと指がついていかなくて苦労したよ」
照れ隠しのためか、葛城は弦をピンと指で弾いた。
「ありがとうございます。葛城さんのギターが聞きたいってずっと願ってたから、すごく嬉しいです。あの、出来ればもう一曲弾いてもらえませんか?」
「そうしたいんだが、時間がなくて練習出来たのがさっきの曲だけなんだよ」
「そうですか」
見るからに落ち込む一珂の頭を葛城がポンポンと撫でた。
「そんな顔するな。一珂も一緒に弾いてくれるなら……」
「弾きます」
ぱあっと顔を輝かせた一珂が急いで準備するのを、葛城が愛おしそうに見つめる。
「文化祭の一曲目の曲、あれなら弾ける気がする」
「あの曲大好きです」
「俺もだ」
1、2、3とカウントをとり、呼吸を合わせて弾き始める。
耳を澄まし、相手にぴたりと重なるように音を紡ぐと不思議な感覚に襲われる。
葛城に抱き締められているようだ。
葛城のギターの音が一珂を優しく包み込み、睦言を囁くように一珂の耳を甘くくすぐる。
「幸せです」
一珂の小さな呟きに葛城が頷く。
「イチ、歌って」
「え……」
「イチの歌が俺達を再び出会わせてくれたんだ。だから、今日は俺だけのために歌ってほしい」
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