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 飛馬は馬に翼をつけた動物である。頭も耳も小さく、蹄の形も馬とは違う。空が飛べるために骨組みは軽く、小柄なものが騎乗するのが好ましいとされている。  飛馬別寮は騎手の養成機関である。二年の教育過程が修了したほぼ全員が、飛馬?ォの官僚になる。自分の名前が読み書きできる十三歳以上のものに別寮の門戸は開かれている。入寮後の選別は厳しく、武術を叩きこまれ、解文の書き方を徹底される。一年後は半分、修了間近まで残ったのは五十名足らずである。  飛馬?ォ官僚の地位は低い。主な職務は海岸線の哨戒である。侵入者があれば戦闘が許されている。  飛馬乗りは消耗品だ。問われるのは過怠ではなく、体重と視力だ。維持できないと悟って異動するものが多い。落馬して日常生活がままならなくなるものもいる。  紫重が飛馬乗りになると言い出したとき、母親は聞き流した。周囲も本気にはしなかった。命の危険をかえりみない  卑官にならずとも、紫重は暮らすことができた。こどもが一時の好奇心で突拍子もないことを言うのはよくあることだと、一笑に付されたのである。  集合場所には、教官と飛馬しかいない。  紫重は減速させ、着地した。膝を締めて手綱をきつく握り、無様に前のめりにならないようにする。手本通り、飛馬が制止するのを待って飛び降りた。  教官はおもむろに口を開いた。 「……訊きたいことがあった」  紫重は平静を装って次の言葉を待った。  教官の名は桃仁(ももざね)という。飛馬乗りの常で背が低く、紫重と目の位置は変わらない。頑固そうな口元の童顔で、二十歳を過ぎたようには見えない。 「最近、宮中で変わったことがあったと聞いてないか?」 「いえ……」  母親や祖母は体を案じる手紙しか寄越さない。知人からは結婚や出産などの報告しかない。  教官との会話が途切れないように、紫重は続けた。 「何かあったのですか?」  気の利いたことの言えない紫重は、自分に落胆した。桃仁に愚鈍な娘だと思われたくはなかった。  桃仁は頭を上げた。  飛影がいくつか見える。
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