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別寮は、五と十のつく日が休みになる。
紫重は母親の元に向かった。
母親は宮仕えをしている。紫重が生まれる前から伺候している主人は、今上の姉宮である。紫重も幼いころから使い走りなどして、女一宮には可愛がってもらっていた。
郊外にある別寮から、母親のいる離宮までは歩いて一時間もかからない。
埃まみれの娘に、母親は眉をひそめた。
「汚い」
蔑みを投げつけられながら、紫重は足を洗った。
母親は紫重を許していない。飛馬乗りは暮らしに窮した下賤なものがなるものだと彼女は信じている。母親だけでなく、それが一般的な認識だった。
八年前、大臣の末息子が飛馬別寮に入った。周囲は誰一人彼の意思を知らなかった。末弟を鍾愛していた中将の慨嘆が長引いたため、しばらく宮中は話題に事欠かなかった。二年後、飛馬始に現れた大臣の息子を目にした紫重は、「飛馬乗りになる」と目を輝かせた。
「何しにまいった?」*+
紫重はぐっと声を飲む。
人目をはばかっても、母の声音は心から冷たい。周りに誰もいなければものを投げつけ、打擲する人である。
「ことのついでにご機嫌うかがいに」
「そなたが来てそこなわれたわ」
女の童がちょこちょこと来て、紫重に大きく手招きする。近寄ると、「宮がお呼びです」と言う。
母親の局を離れて、一宮のいる寝殿に急いだ。
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