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次に向かったのは、若い女房たちのいる局である。
「菱、菱ノ実」
と、呼ぶが早いか御簾の端が上げられた。二十歳手前の丸顔の女がにやりと顔を出す。
「やっぱり来たね」
「これ、あげる」
紙包みを手渡す紫重の手を、菱ノ実はぎゅっとつかんだ。
「ひどい手ねえ」
紫重の両手は荒れて、指先も関節も割れている。菱ノ実のふっくらとあかぎれのない指が、容赦なく血の塊をこする。
「痛い! 痛い」
「ひどくて目も当てられないわ」
言いながら、菱ノ実はしげしげと見つめている。
「腕がつるから離して」
「ああ、ごめん……で、これは?」
菱ノ実は包みを解く。
甘い丸餅がいくつか入っていた。
「宮にいただいた」
「食べないの?」
「体が重くなる」
体重と視力の管理を怠れば、飛馬乗りにはなれない。ものを食べない、食べたものを吐くなどしても目方が増えていき、別寮を追い出されたものもいる。幸い紫重は過剰に体重が増えることはなかった。別寮で出される食事以外は口にしないようにしている。空腹に悩まされることがあっても、挫折するよりはましという強烈な意思が紫重を支えている。
「三席には残れそう?」
「わからない」
紫重はこどもっぽくかぶりを振る。
「落ちるように願ってる。飛馬乗りなんて下戸の仕事だもの」
菱ノ実は高欄にしなだれかかって、ふくれる紫重をにやにや見下ろす。
「ああ、あんたの好きな五位も下戸だったわね。地下なのに五位」
「……ねえ、何度も言ってるけど、五位をそんな風に見てない」
紫重はため息まじりに否定した。
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