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無言で立ち上がって、優希ねぇの前まで足を進めた。
「…優希ねぇ」
「何?」
何?の言い方が、優しい。そんな優しい言い方今までしたことない癖に、慎二さんの前だからってズルイ。
…いや、違う。優希ねぇは、誰かの前だからって態度を変えたりしない。社会人になって、毎日遅くまで頑張って、夜どんなにベロベロになっても次の日の朝にはキリッとした表情で仕事に出かける。
そりゃ、休みの日はダラダラしてだらしないって思ったこともあるけど。優希ねぇはいつだって、全力で頑張ってた。
六月が誕生日の優希ねぇと二月が誕生日の俺は、八つ歳が離れてる。だから何となく相談するとしたら歳の近い渥美ねぇなんだけど、俺の悩みを優希ねぇはいつも必ず知っていた。
優しく励ます、なんてことはないけど。怒って、怒って、怒って、最後には頑張れって言う。その時は何だこの野郎って思っても、結局その頑張れに俺は励まされてきたんだ。
優希ねぇは、俺の大切な家族。優希ねぇだけじゃない、父さんも、母さんも、千里ねぇも、渥美ねぇも、皆俺の大好きなかけがえのない家族だ。
理不尽な扱いも多いけど、パシリに使われてばっかだけど。でもそんなの関係なくて、俺は、俺は優希ねぇに……
「…じ、じあわぜに、な、なっで、くだ、ざい…っ」
溢れる涙で、前が霞んだ。涙って、こんなスピードで溢れるんだって位、ゼロスタートの一秒マックスで号泣した。
「ゔ、ゔぅっ、じ、じあわぜに……っ」
嗚咽をあげて泣きながら、優希ねぇの手を取る。その手はヒンヤリと冷たくて、意外と大きくて、結構ゴツゴツしてて、まるで男の人みたいな…
「…南君」
すぐ側で、慎二さんの困惑した声が耳に届いた。
「ちょっと南、何号泣しながら慎二さんの手握ってんのよ」
呆れたような、渥美ねぇの声。
「えー、南まさか慎二さんのこと好きになっちゃったの?優希ねぇに取られたくなくて泣いてるとか?」
茶化すような、千里ねぇの声も聞こえる。
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