宿屋の一夜

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 バイク乗りたちが書き込むネットの掲示板で見掛けたという話を、Sは語って聞かせてくれた。 「ひとりで遠乗りに出掛けた男が、山奥の民宿で一泊を過ごすことになった。宿に備えられていたのは、これと同じ様な蕎麦殻の枕。旅の疲れからかすぐに眠りに落ちた男が、翌朝目覚めることはなかった。蕎麦殻だと思い込んでいた枕の中身は、人間を骨まで食い尽くす、無数の小さな夜行性の甲虫だったんだ。その宿ではそうやって、客を亡き者にして金品を強奪し続けているんだそうだ」  声を落とし、それらしく語るSに、 「お前まさか、それを信じているのかよ」  Mは呆れた声で笑い飛ばした。 「そんな昔話に出てくるような、追い剥ぎの宿屋みたいなもんが実在するワケないだろ? あったらもっと騒ぎになってるっつうの。アホらしい」  MはSから枕を奪うと、そのままそれを頭の下に入れると、 「おやすみー」  と高らかに宣言し、布団を被って寝てしまった。  Sはまだ何か言いたげにしていたが、それ以上騒ぎ立てることはせず、もちろん枕はしないまま眠りについた。  俺はと言えば、Sの話を信じていたわけではなかったが、何となく薄気味が悪くて、枕は避けて持参していたタオルを折り畳み、それを代わりにして寝ることにした。そう、俺は単純でチキンな男なのだ。     
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