宿屋の一夜

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 翌朝目覚めると、Mが満面の笑みで窓から差し込む朝の日差しを浴びていた。 「おはよう諸君! 実に気持ちのいい朝だな」  薄くて硬い布団で一夜を明かし身体中が痛いのに、Mはやけにご機嫌だった。  朝食を取りに下りた食堂でも、 「旨いなぁ、旨いなぁ」  と、文句タラタラだった昨晩の夕食時とは打って変わって、宿の食事を褒め讃えた。  おまけに部屋に戻り、さぁいざ出発となった際、Mは驚きの発言をした。 「俺さぁ、しばらくこの宿でのんびりしていこうかと思うんだけど、お前らもどうよ」 「え? 出発時間を遅らせるってことか?」  明日は朝八時には出発な。そう言っていたのは当のMだ。 「いやいやそうじゃなくって。ひと月くらい泊まって、ゆっくり静養するんだよ。俺、めちゃくちゃ気にいったわ、ここが」 「ここに? ひと月も?」  思わず声が裏返ってしまう。周囲に何もない、温泉に入れるわけでもない、名物料理もあったもんじゃない。ないないづくしのこの宿の、いったい何を気にいったと言うのか。 「……なぁ、ちょっといいか」  Mとの会話を黙って聞いていたSに小声で手招きをされて、俺とSは廊下に出た。 「いいか。どんな事をしても、Mをここから連れ出すぞ」  切羽詰まった顔をしてそう言うSに、胸がざわつく。     
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