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「……ちょ、お前までどうしたんだよ?」
「気付かなかったのか? Sの耳から、這い出していただろう? 小さな黒い虫が何匹も」
「……え?」
その光景を想像し、腕に鳥肌がぶわりと立った。
「あいつの脳内はもう、乗っ取られているんだ。ここにいちゃヤバい。無理矢理にでも連れ帰らなきゃ」
まるで何かに取り憑かれたように、恍惚としてこの宿を絶賛していたM ――。
「……わかった」
Sと俺は、Mを説得する為に部屋に戻った。
「ゆっくりしていきたいのは山々なんだけどさぁ、急な仕事が入っちゃったんだよ。今日中に東京に戻らなきゃ」
スマホを片手にSが芝居を打つ。
「そんなに気にいったんなら、色々準備してからまた来ようぜ。な!」
それに乗って、俺も調子を合わせる。
「……ならさぁ」
不満げなMが、手の甲で鼻を擦った。
(……ひぃっ)
Sと俺は同時に息を飲んだ。Mの鼻の穴からポロポロと、無数の黒い小虫がこぼれ落ちたからだ。
虫は素早い動きで押し入れに向かって逃げていく。巣に戻るつもりか。あの枕の巣に。
「お前らは先に帰れよ。俺は独りで泊まっていくから」
何事もなかったようにMは言う。
どうすればいい? この男を説得するには。
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