【7】

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 テーブルに着いているのは、ほとんどが恋人同士と思われる男女のカップルで、蝋燭(ろうそく)(とも)しただけの小さな光の中で、互いの目を見て幸福そうに微笑んでいる。  窓の外にはライトアップされた公園通りが広がっていた。雨の中を走る車のテールランプが光の尾を引いて流れてゆく。 「照明の使い方が見事だ。この照度ならば、通りに面していても中の様子はわからない。外側のテラス席を明るくすることで、障害物を使わずに室内の目隠しを実現しているのか……」  一階に位置する店舗の場合、外からの視線をどうコントロールするかで、店の性格が変わると言う。プライバシーを重視するなら窓をなくすか、あっても小さくするほうがいいらしい。窓を大きく取り、外の景色を楽しみながら、必要なプライバシーが守られていると、有栖川は感心していた。 「同じように窓を大きく取っても、『ボナヴィータ』などでは内部を明るくする。わざと人の姿を見せて、外を通る人たちに温かさや楽しさを伝えるんだ。外部の照明も最小限に抑える」 「へえ……」  素直に頷くと、有栖川が軽く顔をしかめた。 「また悪い癖だ。つい仕事の話になってしまう。せっかく千春くんと食事に来ているのに」  すまない、と目を伏せられて、慌てて首を振る。 「いろいろ聞けて楽しいです」  嘘でもお世辞でもない。本当にそう思っていた。  有栖川の顔にひどく嬉しそうな笑みが浮かんだ。テーブルナプキンを取ろうと手を伸ばすと、白い指の先に有栖川の指が重ねられた。驚いて手を引こうとすると、それより前に節の形の綺麗な指が離れてゆく。  月の雫のような淡いブルーのチャイナドレスを着たセルブーズにメニューを差し出され、いくつかの説明と質問の後で有栖川が注文を決めてゆく。クルマの運転があるのでアルコールは飲まない。千春だけでもどうかと勧められたが、断った。ふだんから飲酒の習慣がないのだと言うと、小さな微笑一つで納得してくれた。  何事もなかったかのように、一連の作業が淀みなく自然に流れてゆく。
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