【7】

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 前菜の盛り合わせはリンゴの酸味を効かせたホタテと香味野菜のサラダ、エビのムース、小菜の五色の小籠包は小さめで、大菜のフカヒレスープは春野菜の風味であっさりと調えられていた。メインはエゾアワビと鮮魚のチャイニーズジュレ、最後にごく少量の海鮮粥、それらが青磁のシンプルな器で供される。  器は料理を引き立て、海の底のような空間にしっくりと馴染んでいた。  金井の店の改装の際も、食器のほとんどを一新したのを思い出す。設計を担当したデザイナーは建築だけでなく、照明器具や調理器具、家具類や食器などの備品に至るまで知識が豊富で、金井は全てを込みで依頼したのだった。  この店の食器類を目にすると、それが正解だったとわかる。  食事が済むと、デザートに鮮やかなオレンジ色のマンゴープリンが運ばれてきた。透明なライチが一つ添えられている。 「美しいね……」  有栖川が呟く。千春は視線を上げ、何を指した言葉だろうと、そっと周囲を見回した。 「プリン……?」 「君のことだよ」 「え……?」  縁のない眼鏡の奥の明るい瞳が、わずかに熱を帯びていた。  マンゴープリンを掬う手が、中途半端な位置で止まる。  熱を含んだ目は、千春の口元に移動する。恋愛経験がゼロに等しい千春にもわかるくらい、はっきりとした欲望の意思表示に見えた。  それでも、まだ「まさか」と疑う気持ちが強かった。  きっと、何かの間違いだ。仮に有栖川の恋愛対象が同性だったとしても、千春に興味を持つとは思えない。会ったのは最初の事故とも言えない事故の時を含めてまだ四度目、食事の約束を取り付けに来た短い邂逅を加えても七回しか顔を合わせていない。  たったそれだけの間に恋に落ちるとは思えない。 (気のせいだ……)  心の隅で小さく笑う。  けれど、そんな千春の気休めを嘲笑うかのように、鍵の形をした言葉が有栖川の口から滑り落ちる。 「上に、部屋を取ってある」  オレンジ色のプリンが、つるんと器の中に落ちた。銀のスプーンだけが行き場をなくして、照明の下でキラリと光る。 「三度目の食事の後も同じ関係なら、それ以上の間柄にはなれないと言うからね」 「でも……」
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