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ピコニャン先生は美人漫画家である。少なくとも本人はそう信じている。
売れっ子であることは間違いない。著書『あぶないアナ先生』は累計100万部を大きく超えるヒット作だ。
年頃の男子中高生から絶大な支持を受けて現在に至るセクシー漫画だ。
「売れっ子だったのは間違いないけど、美人だったかどうかは本人の主観だからねえ」
そう述壊するのはかつて担当編集者だった犬井徳治であり、彼こそが本編の主人公である。
「お前が犬井か、まあ……イジメ甲斐のある顔をしているな、その点は合格としよう」
初顔合わせの際にそう言われた犬井は緊張のピークにあったが、その一言で心臓がぎゅうっと締め付けられた。
もともと犬井は心臓に持病があり、長距離走が苦手でプレッシャーに弱いのだが、間違って大御所先生の担当になってしまった。
彼が働いているのは超の付く零細企業である「鷲プロダクション」という名の編集プロダクションである。
社長以下10名に満たない会社であるから企業と呼ぶのもばかばかしいほどの会社だ。
社長は社員から「M」と呼ばれる元敏腕編集者の中年男性だ。犬井は知り合いの紹介で鷲プロに就職したが、Mを尊敬してやまない。
なにしろMは漫画業界では知らぬものはいないと呼ばれるほどのヒットメーカーであるが、あえて無名のままだ。
編集者たるもの無名であるべし、という彼の哲学を今日まで貫いている頑固者だ。
そんな彼に見込まれたのが犬井であり、ピコニャン先生の担当編集という重責を担わされてしまったのだ。
だが犬井は男として、尊敬する上司から大事な仕事を任されたことに興奮を覚えていた。それが間違いの始まりだった。
「それでは、全員一致で犬井君を第七代担当に推すということでよろしいな? 諸君」
鷲プロの一室として使用される会議室において、Mの提案に反対するものはいなかった」
本人不在のままの会議において、犬井はピコニャン先生の第七代担当編集者となることが決定した。
東京都下立川の自宅から小一時間をかけて犬井が新宿区歌舞伎町にある雑居ビル一室の鷲プロに出社した際に辞令は告げられた。
「ぼ、僕がピコニャン先生の担当ですか?」
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