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透子は、いつもの改札を通り過ぎて、いつもの道を会社に向かった。
6月初めにしては日差しが暑く、満員電車と改札をくぐる大量のスーツにもまれて、早くも一日を始める気力を失いかけた。
透子は、30代で、周りから見れば、脂がのったキャリアウーマンである。そんな風にみられることに、それほど嫌悪感を抱いていないこともあり、透子は、失いかけている気力を見せびらかすこともなく、スーツの流れに身を任せて歩くことにした。
透子がトトール喫茶店の前を通り過ぎた時だった。カバンの中から、パッヘルベルのカノンが流れた。これは、透子のお気に入りの着音だ。透子は、カバンから、スマホを取り出し、スーツの波から外れた。
「もしもし、どうかした?」
「目が覚めたら、透子さんがいなかったから寂しくなったの。透子さん、今、トトールの前でしょ?コーヒーの香りがするよ」
透子の口角が少し上がった。
「なみ、おはよう。やっと起きたのね。よくわかったね、トトールの前よ」
「ふふん。当たった。」
透子は、なみの声が好きだ。暑い日差しと朝のラッシュに疲れかけたこころを、柔らかくしてくれる、なみと交わす何気ない会話も気に入っている。
「なみ?今日の予定は?」
「そうねえ、撮影がひとつだけかな。早く、透子さんに会いたいなあ」
なみは、子猫のように甘えた声を出した。
「今日は、早く仕事が終わるから、なみ特性のミートパイが食べたいなあ。」
「ほんと!?頑張っちゃうね」
透子は、なみのスーっと風のように流れていく甘えた声をいつまでも聴いていたいと思った。
「なみ、愛してるよ。」
透子は、スマホをカバンに閉まった。目の前のスーツの波は、相変わらず、暑苦しさを漂わせていたが、透子の心の中には心地よい波風が通り過ぎ、その風に乗るように透子は歩き出した。
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