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男の言葉に、アザミの苛々が更に刺激される。
朝、アザミが目覚めたら、怪士の姿がなかった。
この男は淫花廓の中では例外的に、比較的自由な外出が認められている。
病気の母親がいるという理由も大きかったが、それ以上に、アザミが淫花廓から出られない、ということがあるからだった。
楼主曰く、
「これ以上の人質はねぇだろう」
である。
正直、アザミにはよくわからない。
アザミの存在が、怪士の中で人質足り得るのか、不確かであった。
怪士が真実、外の世界に戻りたい、と思ったときに。
アザミの方を選ぶとは、どうしても思えないのである。
だから今日、怪士の姿がなく、少し外出してきます、という書き置き一枚が残っているのを見たとき。
ついに、この日が来たのだ、と思ったのだった。
ついに、怪士がアザミから離れる日が来た、と。
これまで怪士は、心臓を患っている母親の移植手術後の経過を見るために、楼主の許可を得てひと月に一度外出していた。
彼は出掛ける前にきちんとアザミにも声をかけてくれたので……もう帰って来ないかもしれないという不安はあったものの、夕方には戻ります、という男の言葉を信じてまだ待つことが出来たのだ。
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