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けれど今朝はそれすらもなく……。
アザミはひとり、恐怖と闘っていたのだった。
いつの間にこんなに弱くなったのだろうかと思う。
アザミはいつの間に……怪士なしでは生きていけぬほど弱くなってしまったのだろうか。
アザミの弱さを、この男は知らない。
だから、アザミは口にはしない。
おまえが居なくて、寂しかった、なんて。
おまえが居ないと、不安でたまらない、なんて。
絶対に、口にはしない。
「アザミさま。勝手をして、申し訳ありませんでした」
再び、怪士が謝罪をした。
アザミが無言でいると、男が困り果てたように項垂れて……能面を静かに外した。
男らしく整った顔が露わになり……その濃い眉が苦悩するように寄せられていた。
「……おまえがどこに行こうと、おまえの勝手だよ、怪士」
頬杖のままで、アザミは素っ気なくそう言った。
精一杯の虚勢だったが、声が少し掠れてしまった。
「アザミさま……あなたの居るところが、俺の居るところです」
体躯に相応しい低音で、男がそう囁く。
喜びがじわりとアザミの内側を焼いたが、そんな言葉をやすやすと真に受けたりはしない。
真に受けるな、と自分に命じる。
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