前編

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 けれど今朝はそれすらもなく……。  アザミはひとり、恐怖と闘っていたのだった。  いつの間にこんなに弱くなったのだろうかと思う。  アザミはいつの間に……怪士なしでは生きていけぬほど弱くなってしまったのだろうか。  アザミの弱さを、この男は知らない。  だから、アザミは口にはしない。  おまえが居なくて、寂しかった、なんて。  おまえが居ないと、不安でたまらない、なんて。  絶対に、口にはしない。 「アザミさま。勝手をして、申し訳ありませんでした」  再び、怪士が謝罪をした。  アザミが無言でいると、男が困り果てたように項垂れて……能面を静かに外した。    男らしく整った顔が露わになり……その濃い眉が苦悩するように寄せられていた。   「……おまえがどこに行こうと、おまえの勝手だよ、怪士」  頬杖のままで、アザミは素っ気なくそう言った。  精一杯の虚勢だったが、声が少し掠れてしまった。   「アザミさま……あなたの居るところが、俺の居るところです」  体躯に相応しい低音で、男がそう囁く。    喜びがじわりとアザミの内側を焼いたが、そんな言葉をやすやすと真に受けたりはしない。  真に受けるな、と自分に命じる。     
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