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「僕が起きるのを待てないぐらいだ。さぞ大事な用事があったんだろう。外に未練があるのなら、もう帰って来なくてもいいんだよ」
無理やりに、アザミは笑った。
男娼だった頃は、気持ちの伴わない笑みを浮かべることは簡単だった。
けれどこの男を相手にすると、それも難しくて……。
随分とぎこちない微笑になってしまう。
「いいえ、アザミさま」
怪士が首を横に振った。
アザミは犬でも追い払うように手を振って、男から顔を背けた。
「もういい。向こうへ行ってろ」
アザミの命令に、怪士が吐息を零した。
背後で、男が動く気配がする。
遠ざかってゆくその足音に、アザミは泣きたくなった。
テーブルの上に置いてあった、般若の面を引き寄せる。
嫉妬を表現した、鬼女の面。
まるでアザミそのものだと思う。
この面をかぶれば……醜い内面を怪士に晒さずに済むだろうか。
アザミは爛爛と光る金色の不気味な目を、指先でなぞり……それを装着するために、持ち上げようとした。
その時。
音もなく、静かに白い箱が上から降りてきて、テーブルに乗った。
箱には、赤いリボンが掛かっている。
え、と驚いてアザミは横を振り仰いだ。
部屋を出て行ったと思った怪士が、そこには立っていた。
彼は、箱をアザミの前に置くと、絨毯の床に片膝を付いて身を屈めた。
「これを……あなたに、差し上げたくて」
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