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しかし、それほど……心底欲したわけではない。
世間話程度の、他愛のない言葉だ。
それをこの男は、真に受けたとでもいうのか……。
「俺が、アザミさまにしてあげられることなど、ほとんどないので……叶えられる願いは、すべて叶えて差し上げたいのです」
アザミの手に、大きなてのひらを重ねて。
男がアザミを見上げて、くしゃりと笑った。
「すぐに外出の許可が下りずに……クリスマスには間に合いませんでしたが……イチゴのケーキは売っていましたので」
アザミは……。
アザミは、どんな顔をしていいかわからなくなって……。
口元のホクロを、ひくりと揺らした。
イチゴの赤が、照明の光を弾いてうつくしく輝いている。
アザミは唇を開いた。
「あ」の形に口を開けたアザミを、怪士が戸惑ったように見てくる。
「フォークがない。おまえが食べさせてくれ」
我ながら、甘えた声が出てしまった。
アザミがそのことに羞恥を覚えるよりも早く。
怪士が、やわらかな表情で微笑する。
「はい」
甘えられるのが嬉しくてたまらない、とでも言わんばかりに目を細めて、男の武骨な指が、大きなイチゴの粒を摘まみ上げた。
生クリームのついたそれが、アザミの口へと、入って来る。
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