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昼すぎから降り出した雪はどんどん勢いを増していた。
「天気予報どおりか。参ったな」金子賢人はつぶやいた。
「金子ちゃん、今日は直帰でしょ?」中古車販売店の店長が確認する。
「ええ。もちろんです。あの家はウチの家から20分とはいえひと山越えたところなんで。資料を渡したら、さっさと自宅へ戻ります」
もちろん気持ちはの上ではそうしたい。だけどおばさんはすぐに開放してくれるかどうか。
「今日あたり、出そうだよ」
上司はパソコンの画面から顔をあげてにやっと笑った。
「何ですか?」
「雪女だよ」
「ま、さか」といいつつ賢人は声を詰まらせた。
「峠を通る車はさ、狙われるんだよ」
「店長、もうっ。やめてください。おれが今日行く家、あの、親友だった…」
「え、そうなの? あの同級生の家だったのか。そりゃ、悪かったな」
「いいんです。店長の言っていることわかります。峠を通るときは誰だって手に汗を握りますから。油断していたら谷に呑まれる」
「そうだな、ま、安全運転第一だよ」 店長は窓の外を見てそう言った。
賢人は資料をかき集めファイルにいれた。今日行くお客の希望は、四駆の軽自動車だった。
「本当にこれでいいのかな?」と少し逡巡する。念のために普通自動車の排気量の少ないタイプも封筒に入れた。
心配の色を浮かべた上司に頭をさげ、賢人は駐車場に向かった。
ぶるっと震えがくる。エンジン内で燃料が確実に燃えていることだけが寒さに対抗しうる希望だ。賢人はアクセルをゆっくり踏み込み、職場を後にした。
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