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「バカ? 誰が猫の話なんかしてるの。諾森よ、あのクソ野郎」
「だくもり」
「そうよ、あいつは、あの男だけは、この手で殺してやりたかった」
黒眼は歯を食いしばって、その拍子にガリンとへんな音がなった。黒眼の奥歯と奥歯がこすれあって立てた音だ。
風が強く吹いて、黒眼の髪を巻き上げた。
「なのに、なんなの。勝手に猫になって、あげく消えるとか」
黒眼は両手で髪をかきむしって、つよく引き下ろした。
逃げてんじゃないわよ!
叫ぶ姿はまるで絵本に出てくる山姥のようだった。俺のことなんか忘れたように、真っ赤に染まった地面を激しく睨んでいる。
「あの時もそうだった。あの時も……だから、この魔法を早く解かなきゃいけなかったのに」
早く早く、はやく。でも、間に合わなかった。あたしは失敗した。負けた。復讐できなかった。おんなじだけの痛みを、苦しみを、屈辱を、あいつに、あいつらすべてに、味わわせなきゃいけなかったのに。いけなかったのに。
「これじゃあ、勝ち逃げだ。あいつの勝ちだ。そんなこと許さない」
許さないゆるさないとぶつぶつ呟く黒眼は狂っていた。俺は一歩、後ろに下がった。
「黒眼は、さ」
ひきつるのどを押さえて、なんとか絞り出した声に、山姥はぐりんとこちらを向いた。
「諾森を、殺したかったの?」
おそるおそる聞いたのに、黒眼は眉ひとつ動かさなかった。
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