3

5/6
前へ
/18ページ
次へ
「バカ? 誰が猫の話なんかしてるの。諾森よ、あのクソ野郎」 「だくもり」 「そうよ、あいつは、あの男だけは、この手で殺してやりたかった」  黒眼は歯を食いしばって、その拍子にガリンとへんな音がなった。黒眼の奥歯と奥歯がこすれあって立てた音だ。  風が強く吹いて、黒眼の髪を巻き上げた。 「なのに、なんなの。勝手に猫になって、あげく消えるとか」  黒眼は両手で髪をかきむしって、つよく引き下ろした。  逃げてんじゃないわよ!  叫ぶ姿はまるで絵本に出てくる山姥のようだった。俺のことなんか忘れたように、真っ赤に染まった地面を激しく睨んでいる。 「あの時もそうだった。あの時も……だから、この魔法を早く解かなきゃいけなかったのに」  早く早く、はやく。でも、間に合わなかった。あたしは失敗した。負けた。復讐できなかった。おんなじだけの痛みを、苦しみを、屈辱を、あいつに、あいつらすべてに、味わわせなきゃいけなかったのに。いけなかったのに。 「これじゃあ、勝ち逃げだ。あいつの勝ちだ。そんなこと許さない」  許さないゆるさないとぶつぶつ呟く黒眼は狂っていた。俺は一歩、後ろに下がった。 「黒眼は、さ」  ひきつるのどを押さえて、なんとか絞り出した声に、山姥はぐりんとこちらを向いた。 「諾森を、殺したかったの?」  おそるおそる聞いたのに、黒眼は眉ひとつ動かさなかった。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加