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「そうよ。あんたは違うの」 「違うよ! 俺は、人を、殺すなんて」 「なによ、あんたも『誰かを殺しちゃいけません』なんて言うの?」  は、と息で笑って、黒眼は嘲った。 「じゃあ諾森たちがやっていることは何? あたしは別に蹴られても殴られてもない。でもあたしの心は何度も殺された。なんども、なんども!」  だから、あたしもあいつを殺す。制服の下に隠したカッターは、猫に変わってしまって使えなかった。だから別の手を探していた。目には目を、歯には歯を。何がいけないの。なにか間違ってる?  反論があるなら言ってみろ、と黒い目は叫んでいた。すべて叩き潰してやると言っていた。  俺は腹を押さえた。シャツの下には、まだたくさんの青あざが残っていて、すこし触るだけでにぶく痛んだ。なんでこんな目に、と何度も思った。奴らがいない夏休みは、天国のようだった。それでも 「……それでも俺は、殺したくない。やつらと同じになりたくない」  俺はまた一歩、後ろに下がった。カラスが飛び立って、バサバサと羽音が聞こえた。黒眼は俺をにらんで動かない。髪を振り乱し、シワだらけのスカートをにぎって、鬼の形相を夕陽に染めた彼女は本当の魔女みたいだった。 「偽善者が」  がらがらした声で、黒眼は吐き捨てた。  俺は駅に向かって走り出した。裏切られた気がした。諾森も、黒眼も、バカだ。諾森の子分も、見ているばかりのクラスメイトも、何にも知らない担任も、どうでもよさそうな諾森の両親も、みんなバカだ。バカばっかりだ。  駅前のマックの前で力つきた。足を止めて、痛む脇腹を押さえて、深呼吸をくりかえす。つめたい風が吹いて、髪の間の汗にしみた。セミの声はどこにもなくて、細く高い秋の虫の声が地面から立ち上っていた。俺はようやく、夏が死んだことに気づいた。  生まれたての夜空には、猫がひっかいたような三日月が浮かんでいた。
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