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『次のニュースです。人を殺す道具が猫になってしまう現象、通称〝変猫現象〟が起こって十年、世界中で自殺や殺人が激減しましたが、その一方で飢饉や精神病の増加が問題となり、この現象は神の祝福か、悪魔の呪いか、議論が続いてきました。そんな中、この現象の解明したという論文が先日発売されたネイチャーに掲載されました。論文によると――……』  盛夏、という言葉がぴったりの朝だった。26インチのテレビから流れてきたニュースキャスターの声を、せまい一人暮らしのワンルームで、俺は歯を磨きながら聞いた。途中で後ろ髪をひかれながら洗面台に向い、戻った時にはもう別のニュースに変わっていた。  クールビズ期間だからノーネクタイで、革靴を履いて外に出る。習慣で自分の部屋番号の郵便受けをのぞくと、何か入っていた。黒い封筒だ。差出人は書いていない。予感がして、封を破った。一枚の白いカードが入っていた。 『猫も殺意も、もういらない』  ひとことだけ書いてあるカードを透かし見て、そうして俺は黒い封筒に戻した。  そうか、彼女は勝ったのだ。諾森に、自分の感情に、十年越しに。  封筒をビジネスバッグに投げ込んで、俺は駅に向かって走り出した。いつか見た瞳のような青い空に、セミの声が飽和していた。 『――博士は起きてしまった変猫現象を帳消しにする、つまり、猫になってしまったものを元に戻す方法を発見しました。しかしながら、これには一つ欠点があります。それは猫化させた者にかなりの痛みが発生するということ。その理由に関して博士は「人の殺意が猫になっているので、それが猫型から解放される以上、どこかに戻らなければならない。〝感情保存の法則〟のもと、それは発生源に戻る。その際に痛覚神経を経由するので痛みが発生する」とのこと。実はこの〝感情保存の法則〟も博士が発見したもので、今後、博士は〝殺意未満の、いわゆる害意におけるエネルギー量とその性質および変質〟についても研究をすすめるとのことです――』
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