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 炎天下から逃げるように開けた玄関の先は青暗く、その落差に一瞬目がくらんだ。  期末テストが終わってすぐの、12時を少し過ぎた自宅は廃墟のように息がない。父さんも母さんも仕事中で、きっとリビングの机の上には昼飯代わりの千円が乗っているはずだけど、俺は靴を脱ぎすてるとまっすぐに風呂場に向かった。  靴下を脱いで、二十四時間換気を切った浴室に学ラン姿のまま入る。中学に入るとき、高いんだから汚すんじゃないわよ、と笑いながら買ってくれた大きめの黒い学ランだったけれど、もう着ることはないんだから、少しくらい濡れても構わないだろう。  じゃばらの扉をきっちりと閉めて、空いていた小窓に鍵をかけた。がさがさ鳴るドラッグストアの袋から2本のボトルを取り出す。一本目の封をあけて、洗面器に中身をどぼどぼ注いだ。ツンとした刺激臭が鼻と目にささったけれど、気にならなかった。耳の奥に水が入ったときみたいに、世界のすべてが遠かった。  半分ほど満たしたところで注ぐのをやめ、もう一本の封を切る。「混ぜたらキケン」の文字をじっと見た。  これを注げば、楽になれる。  ためらいはなかった。キャップをひねって、俺は牛乳をコップに注ぐような無意識さで中の液体を洗面器に入れようとした。  ベコンッ、と大きな音が鳴った。  右手に持ったボトルを見た。液体はまさに飛び出ようとしたところで氷のように固まって、水色のボトルはその中央部がぽっこりと膨らんでいた。  え?  そこから、ボトル全体が空気を入れられたみたいに膨らんだ。びっくりして手を離すと、ぷうううううとさらに膨張して、まるくなって、いよいよビーチボールのようになった、と思ったらポンッと軽い音と共に破裂して、白い何かが飛び出てきた。  その「なにか」は重力に従って落ちる途中でにょんと伸びて、手足のようなものが生えて、網目もようの床に、きちんと足から着地した。俺は何が起こったのか理解できなくて、酸っぱいにおいのする浴室で、片手をあげたまま、固まった。白い何かはその場に座り込むと、くしくしと顔を洗い、洗った手先をべろべろ舐めては整えて、そうしてきれいなおすわり姿でこっちを見た。 「  」  真っ青な目でこちらを見て、ぱくりと口を動かしたそれは、どこからどうみても間違いなく、真っ白な猫だった。
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