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「もしもし。もしもし」  呼び出し音の途中でも、今にも消えそうな音を繋ぎ止めるように文也に呼びかけた。  早く出て。  薄暗い路地で大声を出す佑子を通行人が訝しげに通り過ぎていく。  後方から来た軽自動車のヘッドライトが祐子を照らし、容赦ないクラクションを鳴らす。  自転車を路肩に寄せ、車が抜き去るのを待っていたら、呼出音が止まっていることに気付いた。 「文也? 文也?」  長い静寂が続いていたが祐子はあきらめきれずに大声で呼びかけた。  いきなり激しい引っ掻き音が鳴り、その向こうから、 「お母――ん」と息子の声が返ってきた。  佑子は心の底から安堵した。 「大丈夫なの?」 「だい――ぶ――よ」  警察に連絡したことを伝えると文也は安心したようで、祐子もほっとした。  だが、約束を破って用具入れから出たことを知り、足元から震えがくる。さらに死体の山があると聞いて、自転車ごと転倒しそうになった。 「どうして、なんで出たの」  我が子が遭遇したことのない恐怖にさらされていることが耐えられない。 「とにかく早く外に逃げなさいっ」  玄関まで来ているという文也に祐子は叫んだ。  だが、ドアが開かないらしい。  それだけでなく、通りには誰もいないし、パトカーが来るどころか乗用車もバスもまったく走っていないという。  そんなはずがない。  文也の言っていることがよくわからず、ノイズのせいでそう聞こえるのだろうかと思った。 「とにかく、どこでもいいから出口を探すの。電話は切っちゃだめよっ」  早くあの子のところに行かなきゃ。  祐子は自転車にまたがり勢いよく漕ぎ出した。
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