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 身じろぎもせず体を丸めているのも、尻の下のタイルの硬さ冷たさも文也の心をくじくには十分だった。  あれから母からの連絡がない。すぐ出られるように電話を握りしめているが、もう二度と繋がらないのではと不安になる。  ずっと静かだった。あまりにも静かで、あの男はもう逃げたのだと思った。いつまでも現場に留まっている犯罪者などいないだろう。  絶対出るなと言われていたが、じっとしているのが辛く、盾にしていたモップやブラシを脇に退けて文也はゆっくり立ち上がった。  携帯電話をポケットに入れて大きく伸びをすると手足や腰のこわばりが解けて気持ちよかった。  気配を窺いながらそっとドアを開け、用具入れから出る。  照明が点いているのになぜか薄暗い。  社会見学で行った魚市場の、さらに濃くした臭気があたりに充満していた。  びちゃっとタイルに溜まった血を踏む。多量の血が廊下から流れ込み、排水口に向かっていた。  避けられない血溜まりを踏みながら入口にたどり着く。  目の前の廊下には真っ赤に染まった死体がいくつも転がっていた。どの死体もどこかが欠け、どこか潰れている。そのパーツや欠片も点々と血を吸って落ちていた。  込み上げる吐き気を押さえ、廊下の左右を確認する。  血の川の廊下には右も左も同じような死体が転がっていた。まるで解体されたマネキンが放置されているようだ。  ここに男の姿はなかった。すでに逃走したのかもしれないが、どこかに潜んでいるだけかもしれない。  ためらいはあったが早く逃げ出したくて文也は思い切って廊下に一歩を踏み出した。  脂の浮いた血の川には様々な死体があった。  吐き気を堪えて文也はその間を通り抜ける。  河津のように頭を割られた女子生徒。  首の千切れかけた男子。  顔が縦半分ないものや口の上から横半分ないもの。  腹を裂かれたものは廊下に長々と内臓を広げている。  断ち切られた腕や脚。耳や五指の細かいものまでばらばらに散乱していた。  これが二階、一階と続いているのか――文也はたまらずその場で嘔吐した。  もう見たくないが目を閉じて移動はできない。  靴底のぬめりに怖気をふるいながら階段ホールに向かってゆっくり進む。  階段にもたくさんの死体と切り落とされたパーツや潰れた脳や内臓が散乱していた。  滝のように流れ落ちた血はすでにねっとりと止まっている。  転がる眼球を避けながら一段目に足を降ろした。  壁や手すりにも血飛沫が飛び散り、滑り落ちないよう支えた手が真っ赤に染まった。叫び出したい衝動を抑え、一歩一歩注意深く階段を下りた。  同じような死体が転がる二階を横目でやり過ごし、文也は黙々と一階を目指し、煮凝りのような血溜まりの中へ最後の段を下りる。  一階の洗面所前には血塗れの同級生十数人が倒れていた。ここもまともに人の形を留めた死体は一つもない。この中に親友がいないか確かめたいが怖くてできなかった。  きっと宮島はどこかに隠れている。  そう信じて文也は洗面所の前を過ぎ、玄関のほうに向かった。  事務室の前では河津が仰向けに倒れたままだった。額の真ん中がぱっくり割れイケメンの見る影もない。見開かれた白濁した瞳が宙を見つめている。  文也は目を背けて通り過ぎた。  そのため気付かなかった。  河津の濁った眼球が文也の動きを追っていることに――
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