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 先週は日中の気温が高かった。季節が逆戻りしたかのようなあたたかさ(むしろ暑いくらいの)が昼間にはあったが、その分、夜に冷え込むので、体調を崩す人が何人か出てきた。乾燥もするので、加湿器を置きたいくらいだが、精密機械の多い研究室ではあまりそれも出来ず、100均で買った紙の加湿グッズをちまちまと棚に並べてお茶を濁している。   風邪を引かないよう、移さないよう皆でマスクをし、天気予報を見ながら数値の調整やメンテナンスを行った。予報では明日、平地で雪が降る。と云っても積もるわけではなく、地面がうっすらと覆われるくらいらしい。  今や、この初雪は一大イベントになっている。  山での冠雪もそれはそれで盛り上がりをみせるが、平地でのソレほどではない。今日でも冬の山は危険で、おれたちのような素人がおいそれと踏み込める場所ではない。最初の頃は大丈夫だろうと様々な欲に目がくらんだ人たちが山へ行き、遭難事故が相次いだ。今でもあることはあるが、数は減っている。山は無理でも平地ならばおれたちのテリトリーだ。クリスマスにも匹敵するようなお祭り騒ぎとなっている。  画面で動く数値は安定している。予報通りに明日、初雪になるのなら、今年も上手くいくだろう。  情報番組でも街中でも近所のスーパーでもコンビニでも、このときのための飾り付けやフェア、限定商品で盛り上がっている。仲間内でもこのときを楽しみにしている人が多い。けれどおれはちっとも楽しくなんてなかった。なんだったら来なくてもいい。そりゃあ、初めの頃はおれも楽しかった。わくわくしてた。楽しくて楽しくて仕方がなかった。雪降る北の大地に生まれながらも寒がりのこのおれが、冬を、雪を、こんなにも待ち遠しく思ったことなんて今までになかったくらいには、盛り上がった。  だが、そんな浮かれ気分も3年を過ぎた頃には沈静化していき、今や全国に(一部海外に)知れ渡ったこの騒ぎが、逆にユウウツで仕方がない。  山に近付くとうっすらと漂うあの匂い。  おれはさほどそういうものが好きではないので、そのにおいだけでも眉をひそめてしまう。むしろ、以前よりも苦手になっているのではないかと思ってしまう。  ここからでは見えないが、車を30分ほど走らせれば山に近付くので、山頂付近にそれがあるのがかすかに見えるだろう。
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