17人が本棚に入れています
本棚に追加
自殺をしようとしていたところを止められたのだと、その顔を見つめていて、今更ながらに気が付いた。
しかし、どういうわけだろう。
こういう場合、自殺を止める人というのは、慌てているものではないだろうか。
自分も、もし目の前で人が飛び降りようとしていたら、流石にぎょっとするだろう。
でも、この後ろから抱きしめる男性は、無表情に曇天のような眼を向けていた。
男性は、腕をほどくと、ゆっくりと冷静な様子で一歩引いた。
ガウンガウンと、けたたましい音が前方から聞こえる。快速電車が走り抜けていく。
「自殺するなら、こうしろ」
ガウンガウンと、煩い電車の音の中、その男性の声だけは妙にはっきりと聞こえた気がした。
男はそういうと、ポケットからなにやら手帳を手渡して来た。
ひじりは、ほとんど反射的にそれを受け取った。
その手帳には、このように書いてあった。
消滅自殺計画表、と――。
快速電車は走り抜け、ホームはまた僅かな停滞の空気に包まれた。
最初のコメントを投稿しよう!