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しかし、稲葉はまるで予想外の行動をして来たのだ。
手元にある小さな手帳。その手帳には『消滅自殺計画表』と手書きの文字で書いてある。
「読んでみて」
稲葉は、灰色の目を向けてちょいちょいと節くれだった指を動かし、ひじりにその手帳を読むように促す。
――自殺するなら、こうしろ――。
彼はそう言ってひじりを助けた。
その短い一言が、稲葉に対して怒りを向けることを止めさせた。
好奇心……。好奇心だとひじりは思った。
稲葉は、ひじりの自殺を止めたのではない。下手糞だから、やり方を教えてやるという感覚で声をかけた。そんな風に感じ取れた。
なによりも、この手帳の中身が気になってもいた。
(消滅自殺――?)
聞いたことのない言葉だった。首つり自殺とか、飛び降り自殺とかそういうのは知っていたが、『消滅自殺』と言うのは、ひじりの知らない言葉だった。
ちらりと稲葉の様子を窺った。
本当に読んでしまっていいのか、と確認をするように。
改めて隣に座るスーツの稲葉を覗き込んでみても、なんとも印象が薄い。どこにでもいるサラリーマン。一般人。通行人。モブ。そんな代名詞がぴったりくるような男性だと思った。
窺うように目を向けたひじりに、稲葉はこくりと小さく頷いた。
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