得難いもの

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「芹川さん」  ぜいぜいと肩を上下させながら、それでも野島は微笑むと、そのまま転がるようにベッドに飛びついてきた。 「分かりますか、俺が? 野島です分かりますか」  どうか分かってほしい。そう懇願するような声で繰り返し、繰り返し、野島は問う。そんな野島を見つめながら、芹川は確信する。この男の心は何も変わっていない。芹川に愛を説いたあの日のまま、何も。 「……ああ」  芹川の声に、野島はようやく顔を綻ばせる。が、その笑みはひどい泣き顔のようにも見えて、場違いとは知りながらもつい笑ってしまう。  そんな芹川につられて野島もまた笑う。  野島とは話したいことが山ほどある。この三年間のできごとと、その間の看病の様子。彼の近況。そして何より、これからの二人のこと。  だが今日は、これ以上余計な言葉を交わしたくはない。  体力が持たないというのもある。が、それ以上に今はこの空気が愛おしかった。言葉がなくとも伝わるぬくもりや気遣い、何より愛情。そんな、優しくて温かなものに今は静かに浸っていたかったのだ。  ああ。きっとこれが、あの人の言った――
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