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次に目を覚ました時には、すでに空は真っ赤な茜色に染まっていた。井口を追い返したくて寝顔を装ったつもりが、そのまま寝入ってしまったらしい。
空の色だけは当たり前だが三年前と変わらない。
おそらく野島は来るだろう。義理堅いあの男は、自分を凶弾から庇った人間が三年ぶりに目覚めたと聞けばじっとしてはいられないタチだ。が、その野島が恋人として現れるのか、それともただの古い知己として訪れるのか、それだけは分からない。
仮に後者だとして、その現実を受け入れられるだろうか。
わからない。なのに、ただ時間ばかりが虚しく過ぎてゆく――
「……?」
ふと、せわしない足音が廊下の方から響く。カツカツと硬質なこの足音は、医師や看護師のゴム底靴のそれではない。どこかの病室の見舞客が、残り僅かな面会時間を惜しんで目的の病室に急いでいるのだろう。
その忙しないリズムにぼんやりと耳を傾けながら、ふたたび芹川は目を閉ざす。
今この瞬間、誰かに早く逢いたいと希われる人間がいる。芹川も、たとえ一時だけにせよそんな人間を持つことができた。それだけで十分じゃないか。
だから。もう。
「芹川さん!」
その声に一瞬、耳を疑う。
振り返ると、大きく開け放たれた引き戸の戸口に見覚えのある男が立っていた。
全身をブランドもののコートやスーツで固めた姿は品の良いビジネスマンのそれで、コック服か、さもなければ大学生に毛が生えたようなカジュアルな服装ばかり身に纏っていた以前の彼とはがらりと印象が違う。ただ、野性的なくせどこか子供っぽい精悍な顔と、何より、相手をまっすぐに見つめる素直な双眸だけは何も変わっていない。
「……の、じま」
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