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「価値云々は……正直、俺にはよく……ただ、俺は別に、芹川さんとこういうことをしたくて待っていたわけじゃないんです」
「じゃ何のために待ってたんだ。まさか、俺にメシ食わせるためだけに待っていたわけじゃ、」
「そうですよ」
「は?」
「だって俺、食べてほしいですもん。俺が作った料理を、芹川さんに」
「……」
分からない。こいつは何を言っているんだ。
それが手段だと言うのならまだ理解はできる。差し入れをセックスの代償というのなら。が、野島は逆だという。芹川に料理を食べてもらうことそれ自体が目的だと。
「いや、普通は……逆だろ。目的と手段が……」
「そうですか? でも、こうして芹川さんが俺と言葉を交わしてくれる。俺の料理を美味しいと言って食べてくれる。それだけで俺は嬉しいんです。幸せなんです」
――幸せ。
理屈も何もない、笑えるほど陳腐な感情論。が、なぜか芹川は笑えない。むしろ、滑稽なほど苛立ってしまう。
「馬鹿にしてんのか」
「えっ」
「え、じゃねぇよ。ただ喋って飯食ってるだけで人間に価値があんのなら誰も苦労はしねえんだ。そうじゃねえから皆苦労してんだろうが。テメェの価値を高めて、人様に必要とされる存在になろうってな。てめぇは、そんな人様の努力を馬鹿にすんのか」
「ち、違います! ……多分、そういうことではなくて」
「違わねぇんだよ」
言い捨て、身を起こす。まだ何かを言いかける野島をあえて無視すると、裸のままバスルームに向かった。
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