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ノズルを捻り、まとわりつく汗や体液を熱いお湯で一気に洗い流す。が、胸の奥にくすぶる苛立ちだけは、いつまで経っても流れ落ちてはくれなかった。
――それだけで、俺は幸せなんです。
シャワーを終えてバスルームを出る。鏡越しに見ると、首筋や胸板に無数の痣が浮かんでいる。おそらく前戯の最中に刻まれた野島のキスマークだろう。なまじ白い肌が、桜色の斑点を淫らに際立たせている。
「……くそっ」
バスローブを羽織り、濡れた髪をバスタオルで拭きつつ寝室に戻る。が、すでに野島の姿はなかった。念のためリビングやキッチンも覗くも、やはりどこにも見当たらない。芹川がシャワーを浴びる間に帰ったのだろう。
改めてキッチンを覗くと、洗い終えた皿が綺麗に食器棚に戻されている。まな板やナイフも、全て元の場所に戻されていた。
「……幸せ、か」
ソファに腰を下ろし、ごろりと横たわる。
芹川と言葉を交わすだけで、芹川に料理を食べさせただけで幸福を感じる男がいる。それを財産だと捉える男がこの世界にいる。
――幸せなんです。
「だから……何だってんだよ、くそ」
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