第一章

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 上皇様を始めとする雲の上人様達は兄の吹く横笛(おうてき)――「王の敵」とも読めるので忌み言葉にはなっておりますが――を殊更に愛でて下さいました。  院の御所の宴には必ず呼ばれて参上したのも家の誉れだと父も母も心の底から喜びましたし、直衣(のうし)も兄の美しさが映えるようにと極上の衣を取り寄せ母と私で縫いました。  下々の者は私のような下級貴族であっても身の回りのことはしないと思っているようですが、縫い物だけは別で御座います。幼い頃に夢中になって読みました「落窪の姫の物語」の姫君もたいそう裁縫がお上手で、俗にいうらしい「玉の輿」に乗れたのもそういう一面も少将様のお気に召したと書かれております。  頼長様に初めてお会い申し上げたのも院の御所の管弦の宴だと伺っております。  その宴は観桜の宴でした。  桜がさねと申した色の直衣――禁色(きんじき)本来はとても御身分が高い方でないと着用は出来ないのが「観桜の宴」の仕来たりでございます――を上皇様お自らが御所望になられてお許しが出たという晴れがましさは、私達のような下流の者にとって雲にも昇る気持ちでした。  父も陸奥の国司としての任が明けて帰京したばかりの頃でしたので惜しみなく上質の絹を購うことが出来ました。清少納言様がお書きになられたように、国司に任命されるか、されないかでは――下賤な話しではありますが――実入りが天と地のほどの違いがございます。  輝くような純白の(ほう)と呼ばれる一番上の衣、そしてそのから覗かせる(ひとえ)には紅い椿よりもより絹の光沢が雅な雰囲気を添えていて、光の君もかくやと思えるほどの――いえ、正直に申し上げますと光君の初恋の相手でいらっしゃった藤壺女御様が当節流行だと聞いております白拍子姿におなりになったような、辺りを桜色に染めるほどの美しさでした。  頼長(よりなが)様は藤原摂関家の御嫡流の御家柄でございます。  このような高貴な家にお生まれになると我々のような下々の者まで手紙や侍女を介して噂は流れて参ります。
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